米国で1985年に発表されたThe "Discovery" of Siblings by Kathryn Edmundson(出典 Mental Retardation, Volume 23 No.2, April, 1985, 49-51pps, American Association on Mental Deficiencyの発行物, 現在の団体名はAmerican Association on Mental Retardation)という論文の中に、以下のような記述があります。

Another development is siblings' determination to change their relationships with professionals. Siblings' resentment and anger at professionals is striking. It is related to what siblings perceive as professionals' ignorance - both in the sense of not seeing, and in not understanding - of siblings' needs; and to siblings' frustration at what they perceive as professionals' handicap-as-illness mentality. Siblings know the problem of handicap can't be fixed or cured. How professionals listen to and help siblings cope over the long term is a major sibling concern. Furthermore, although there is a need of humanistic research on siblings' need and concerns, real, live siblings resent some professionals' rush into this research area and their "use" of siblings' situations and feelings.

もう一つの発展は、きょうだいが専門家との関係を変える決心をしていることである。 専門家に対するきょうだいの恨みと怒りには著しいものがある。 このことは、きょうだいが専門家の無知と認識していることと関係している-きょうだいのニーズを見ていないという点でも理解していないという点でも-そしてまた、専門家の障害を病気とする考え方に対するきょうだいの欲求不満に関係している。 きょうだいは、障害からくる問題は直せないし、治癒できないことを知っている。 長期にわたり問題と対処するという点がきょうだいの主要な悩みごとであるのに、(障害を病気ととらえる)専門家はどうやってきょうだいの言うことに耳を傾け、援助することができるであろうか。 さらに、きょうだいの必要としていることや心配ごとについては、人間的な調査が必要であるが、この調査領域へ乱入し、きょうだいの立場と感情を利用している専門家たちも中にはおり、現実の生身のきょうだいたちは、そのことに憤慨している。

「きょうだい支援を広める会」において研究倫理を明確にする作業を行いたいと考えるのは、「きょうだい」にスポットが当てられ、きょうだい支援の実践とともに、「きょうだい」研究や「きょうだい支援」研究が盛んになることに感謝しつつも、この「きょうだいの立場と感情を利用する」専門家をできるだけ少なくしたいためです。 そのため、まずインフォームドコンセントについて検討したいと考えています。
また、対象が大人であれば、録音されている会話について「ここはテープを止めてください」などと研究者に対して言うことも不可能ではありませんが、子どもの場合は極めてむずかしいと思われます。 したがって、インフォームドコンセントに関する情報と共に、子どもを対象にした研究に関する倫理についても情報を収集し、検討したいと考えています。